地域生態系回復のための住民参加型集合知活用:荒廃里山の再生事例
事例概要
本事例は、過疎化と高齢化が進み、管理放棄された里山の荒廃が進んでいた地域(仮称:緑野町)において、地域住民が主体となり、彼らの持つ自然に関する知識や経験(集合知)を積極的に活用することで、里山の生態系回復を目指した活動です。活動は〇〇年頃から本格化し、現在も継続して行われています。単なる清掃活動に留まらず、地域の植生や生物多様性の回復を具体的な目標に設定し、生態系調査、外来種の駆除、植樹、鳥獣害対策など多岐にわたる取り組みを実施しています。
背景と課題
緑野町は、かつては農業や林業が盛んであり、住民は里山と密接に関わりながら生活していました。しかし、産業構造の変化、若年層の都市部への流出、高齢化の進行により、多くの農地や里山が管理放棄され、急速に荒廃が進みました。具体的には、竹林の拡大による植生の変化、特定外来植物の侵入・繁殖、獣害の増加、それに伴う生物多様性の低下といった環境課題が顕在化しました。
同時に、住民間における地域や自然に関する知識・技術の継承が途絶えつつありました。里山での暮らしの中で培われた植物や生き物に関する知識、地形の特性に関する情報、伝統的な管理技術などが、地域社会から失われようとしていました。このままでは、地域の貴重な自然環境が失われるだけでなく、地域コミュニティのつながりもさらに希薄化してしまうという危機感がありました。
活動内容とプロセス
この課題に対し、地域の有志が中心となり、住民参加による里山再生プロジェクトが立ち上がりました。活動の核となったのは、以下のプロセスにおける住民参加と集合知の活用です。
- 課題と目標の共有(ワークショップ形式): 活動開始にあたり、まず複数回の住民向けワークショップが開催されました。ここでは、里山が抱える具体的な問題点(例:「昔はたくさんいた〇〇という鳥が見られなくなった」「〇〇という外来の植物がすごい勢いで増えている」など)を参加者が自由に話し合い、可視化しました。同時に、「どのような里山を取り戻したいか」といった将来像についても意見交換を行い、住民間で課題意識と目標の共有を図りました。この過程で、古老から伝えられる昔の里山の様子や、特定の場所に関する経験談といった貴重な集合知が引き出されました。
- 地域資源・知識マップの作成: ワークショップでの意見や、フィールドワークを通じて得られた情報を基に、地域の植生、確認された生物、外来種の繁殖状況、過去の土地利用に関する情報などを記した「地域資源・知識マップ」を作成しました。このマップは、特定の植物や生き物に関する住民の知識(例:「あの谷には珍しい植物が生えている」「この木には〇〇という虫がつく」)、昔の農道や水路に関する情報など、個々人の持つ断片的な知識を集約し、全体の状況を把握するためのツールとして機能しました。
- 多様な専門知識の結合: 住民の持つ経験知に加え、地域の自然環境に詳しいNPO、行政の環境担当者、大学の研究者といった外部の専門家からも協力を得ました。生態系調査の方法、特定外来種の効率的な駆除方法、適切な植樹に関する技術的な助言などを得ることで、住民の経験知だけではカバーできない専門的な知識を補完しました。これらの情報は、専門家による講演会や実地指導といった形で住民に共有され、活動の質を高める集合知として活用されました。
- 実践活動と知識・技術の継承: マップで共有された情報や専門家の助言を基に、具体的な活動(草刈り、竹伐採、外来種駆除、植樹、獣害防止柵の設置など)を定期的に実施しました。これらの作業は、単に体を動かすだけでなく、活動中に発見した生物や植物について話し合ったり、作業方法に関する工夫を共有したりする中で、住民間の知識や技術の継承・交換の場となりました。特に、高齢者の持つ経験や技術(例:鎌の使い方、竹の伐採方法、植物の見分け方など)を若年層や新規参加者が学ぶ貴重な機会となりました。
- オンラインツールの活用: 活動の情報共有や、参加できない住民からの意見収集、緊急時の連絡には、地域の情報サイトやSNSグループといったオンラインツールも活用されました。これにより、活動日以外でも里山の変化に関する情報(例:「〇〇で珍しい花が咲いた」「△△のあたりでイノシシを見た」)がリアルタイムに共有され、住民の自然への関心を維持し、集合知の継続的な蓄積に繋がりました。
成果と効果
この住民参加型集合知活動により、以下のような成果が得られました。
- 生態系回復: 荒廃が進んでいた約5ヘクタールの里山において、竹林の拡大が抑制され、多様な在来植物が回復傾向を示しました。活動開始後3年間で、活動エリア内の特定外来植物の生育面積が約70%減少しました。また、活動エリア内での鳥類の確認種数が約20%増加し、減少傾向にあった特定の昆虫類や両生類も再び確認されるようになりました(定点観測データに基づく)。
- 住民の意識向上と参加拡大: 里山への関心が低下していた住民が、活動を通じて地域の自然環境の重要性を再認識し、愛着を深めました。活動への参加者数は徐々に増加し、当初は数名だった中心メンバーが、現在では延べ参加者数が年間100名を超える規模となりました。特に、子ども向けの自然観察会や体験活動を実施したことで、次世代の環境保全への意識醸成にも繋がっています。
- コミュニティの活性化: 共通の目標に向かって協力する中で、住民間の新たな交流が生まれ、地域コミュニティの連携が強化されました。活動後の茶話会や収穫祭なども開催され、世代を超えた交流の場が創出されました。
- 環境教育・ツーリズムへの活用: 再生された里山は、地元の小中学校の環境学習の場として活用されるようになりました。また、近年はエコツーリズムの視点からも注目され、里山ガイドツアーなどが企画され、地域外からの訪問者も増加しています。
成功要因と工夫
本事例の成功には、いくつかの要因が考えられます。
- 明確な目標設定と共有: 単なる草刈りではなく、「生態系回復」という具体的かつ魅力的な目標を掲げ、住民間で共有したことが、活動のモチベーション維持に繋がりました。生態系マップの作成や定点観測結果の共有など、成果を見える化する工夫も奏功しました。
- 多様な集合知の統合: 住民の経験知、専門家の科学的知識、行政の地域情報など、様々な種類の知識をワークショップ、マップ、オンラインツール、実地指導といった多様な手法で集約・共有し、活動計画や実行に活かした点が重要です。特に、形式知化されにくい住民の経験知を丁寧に引き出すためのファシリテーションが効果的でした。
- 継続的な参加を促す仕掛け: 定例の活動日設定だけでなく、参加しやすいように短時間の作業を設定したり、作業内容にバリエーションを持たせたり、休憩時間に交流の機会を設けたりといった工夫がなされました。また、子ども向けのプログラムを取り入れることで、家族単位での参加を促しました。
- 外部との連携強化: NPO、行政、大学、企業(CSR活動として参加)など、多様な外部主体との連携により、資金、技術、人材、情報といった活動に必要なリソースを確保することができました。行政による特定の外来種駆除に対する助成金制度の活用なども推進力を高めました。
- 柔軟なリーダーシップ: 特定の強力なリーダーシップだけでなく、複数の中心メンバーがそれぞれの得意分野(計画立案、広報、会計、作業指導など)を活かして役割分担を行い、柔軟かつ継続的に活動を推進しました。
課題への対応としては、活動初期の参加者数の伸び悩みに対しては、活動内容を分かりやすく紹介する広報誌の作成や、体験会の開催、口コミによる勧誘などを強化しました。資金面での課題に対しては、助成金申請やふるさと納税の活用に取り組むとともに、活動で得られた竹を活用したクラフト販売なども試み、資金の多様化を図りました。
課題と今後の展望
今後の課題としては、中心メンバーの高齢化と後継者育成が挙げられます。新規参加者の定着率を高め、若い世代や移住者にも活動への関心を広げる仕組みづくりが必要です。また、資金の安定的な確保も依然として重要な課題であり、里山で得られる資源を活用した事業化や、企業版ふるさと納税の活用など、新たな収益源の確保に向けた検討が進められています。
将来的には、活動エリアを拡大し、地域全体での里山再生を目指すとともに、再生された里山を核としたエコツーリズムや環境教育プログラムをさらに発展させ、地域経済の活性化や移住促進にも繋げていく展望を持っています。また、活動を通じて蓄積された地域の自然に関する知識やデータを行政や研究機関と共有し、より広範な地域環境政策に貢献することも視野に入れています。
他の地域への示唆
本事例は、地域活性化、特に環境保全や景観保全といった分野において、住民参加と集合知がいかに有効であるかを示唆しています。他の地域が本事例から学ぶべき点は以下の通りです。
- 住民の持つ「経験知」の重要性: 文献やデータだけでは得られない、地域住民の日常生活や生業を通じて培われた自然環境に関する知識や経験は、地域課題解決の貴重な集合知となり得ます。これを引き出すための丁寧な対話やワークショップの設計が重要です。
- 多様な集合知の「統合」と「見える化」: 住民の経験知、専門家の科学的知識、行政のデータなどをバラバラにするのではなく、マップ作成やオンラインツール活用などを通じて統合し、誰もが見られる形で「見える化」することで、集合知はより有効に活用されます。
- 継続的な参加を促す仕組みづくり: 活動の楽しさ、目標達成の喜び、仲間との交流といった非金銭的な報酬や、参加しやすい多様なプログラムを用意することが、住民の継続的な関与には不可欠です。
- 外部リソースとの連携: 住民の力だけでは限界がある場合も多いため、NPO、企業、専門家、行政など外部との積極的な連携により、必要なリソース(資金、技術、情報)を補うことが成功の鍵となります。
- 成果の共有とフィードバック: 活動によってどのような変化があったのか(生態系の回復状況、参加者の声など)を定期的に共有し、参加者自身が活動の成果を実感できる機会を設けることが、モチベーション維持と改善活動に繋がります。
地域が直面する課題は多様ですが、住民一人ひとりが持つ知識や経験、そして地域への愛着という集合知を適切に引き出し、活用することで、外部の力に頼るだけではない、地域の内発的な力による持続可能な活性化が実現可能であることを、本事例は示しています。
関連情報
本事例のような地域における自然環境管理における住民参加と集合知の活用は、コミュニティベースの自然資源管理(CBNRM: Community-Based Natural Resource Management)という学術的な概念とも関連が深いものです。また、参加型アクションリサーチや協働ガバナンスといった理論的枠組みも、本事例の活動プロセスを分析する上で有効な視点を提供します。日本の里山保全活動においては、各地で多様な取り組みが行われており、それぞれに固有の課題と成功要因が存在するため、類似事例との比較分析も、より普遍的な知見を得る上で有益であると考えられます。