地域産業の担い手を集合知で育てる:住民参加型事業承継支援の軌跡と示唆
事例概要
本記事では、地域経済の持続性維持に不可欠な事業承継および後継者育成に対し、住民参加型の集合知を活用して取り組んだ事例を紹介します。この活動は、とある地方都市近郊に位置する中山間地域で、約5年間にわたり実施されました。地域内の高齢化と人口減少が進む中で、多くの小規模事業者が後継者不在による廃業の危機に瀕しており、地域住民、行政、商工会、金融機関などが連携し、集合知に基づく包括的な支援プログラムを構築・実行しました。
背景と課題
この地域は、豊かな自然に恵まれ、古くから農業、林業、伝統工芸、地域に根ざした小規模商店などが地域経済を支えてきました。しかし、近年、これらの事業者の経営者の高齢化が顕著に進み、後継者が見つからないまま廃業を検討するケースが増加していました。廃業は、単に一つの事業がなくなるだけでなく、長年培われてきた技術やノウハウ、地域内の雇用、さらには地域コミュニティにおける交流拠点やサービスの消失を意味します。これは、地域経済の衰退を加速させ、住民生活の質の低下を招く深刻な課題でした。
特に、以下のような具体的な課題が存在しました。 * 後継者候補(地域内の若者、U/Iターン希望者)が、地域内にどのような事業や技術が存在し、どのような形で承継が可能であるかを知る機会がない。 * 事業主側も、後継者を探す具体的な方法や、事業を「譲る」ための準備(事業の見える化、磨き上げ)が分からない。 * 事業承継には、経営、財務、法務、税務など多様な専門知識が必要となるが、地域の事業者が個別に専門家を探し、相談するハードルが高い。 * 地域住民自身も、自分たちの生活を支える地域産業が失われていくことへの危機感はあるものの、具体的な支援方法や関わり方が分からない。 * 行政や関連機関(商工会、金融機関など)も個別の相談対応は行うが、地域全体として承継を促進するための横断的・包括的な仕組みや情報共有体制が不足している。
活動内容とプロセス
これらの課題に対し、地域では「里山経済再生プロジェクト」と名付けられた住民参加型事業承継・後継者育成支援プログラムが立ち上げられました。このプログラムは、以下の活動を包含し、特に住民参加と集合知の活用に重点が置かれました。
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課題共有とビジョン策定ワークショップ: プログラム開始にあたり、地域住民、事業者、行政、商工会、金融機関など多様な立場の人々が集まり、地域の現状と課題、そして「10年後も地域に産業と活気がある状態」という共通ビジョンを共有するためのワークショップが複数回開催されました。ここでは、地域が失いたくない技術や事業、新しく始めてほしい事業などが自由に話し合われ、地域のニーズや潜在力が可視化されました。
- 集合知の活用: 多様な視点からの現状認識と未来像の共有により、個別事業者の課題が地域全体の課題として認識され、共通の目標設定に繋がりました。
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地域資源・事業の「見える化」: 地域内のすべての小規模事業者を対象に、事業内容、技術、強み、後継者ニーズなどを詳細に聞き取る調査を実施しました。さらに、廃業した事業者や、潜在的な地域資源(遊休施設、未活用技術など)に関する情報も収集しました。これらの情報は、個人情報に配慮しつつ、データベース化されました。
- 住民参加/集合知の活用: 調査員として地域の事情に詳しい住民や商工会職員が協力しました。事業主との対話を通じて、表面的な情報だけでなく、事業主の想いや技術のこだわりといった定性的な情報も収集され、データベースの質を高めました。
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「知恵袋」人材の発掘とネットワーク構築: 地域の元経営者、引退した職人、特定の分野に詳しい住民など、「知恵袋」となり得る人材を発掘し、メンターやアドバイザーとして登録する仕組みを構築しました。これらの人材は、事業承継の経験者や、地域でのビジネス経験が豊富であり、机上の空論ではない実践的なアドバイスを提供できる強みがあります。
- 住民参加/集合知の活用: 地域の口コミや既存コミュニティのネットワークを通じて人材が発掘されました。登録された「知恵袋」同士の交流会も開催され、情報交換や連携が促進され、多様な経験知のネットワークが形成されました。
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後継者候補とのマッチング促進: 「見える化」された事業情報と、後継者候補となる地域内外の若者や移住希望者の情報を結びつけるためのマッチングイベントや個別相談会を定期的に開催しました。オンラインプラットフォーム上でも、事業情報(匿名化されたもの)や後継者募集情報を公開し、広く情報が行き渡るようにしました。
- 集合知の活用: マッチングイベントでは、地域住民が運営ボランティアとして参加し、参加者(特に地域外からの候補者)に地域の魅力や生活情報を提供するなど、「人」を通じた魅力伝えが行われました。また、「知恵袋」人材が事業主や後継者候補の相談に乗り、双方のニーズや可能性を引き出すサポートを行いました。
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伴走支援プログラム: マッチングが成立した後、事業の引き継ぎ、事業計画の策定、資金調達、経営ノウハウの習得といったプロセスに対し、専門家(中小企業診断士、税理士など)と地域の「知恵袋」人材がチームを組んで伴走支援を行いました。特に「知恵袋」は、地域の商慣習や人間関係、技術の細部といった専門家だけでは把握しきれない実践的な知識を提供しました。事業計画策定ワークショップでは、後継者候補だけでなく、現事業主、「知恵袋」、関係住民などが参加し、多様な視点からのフィードバックを得ながら計画を練り上げました。
- 住民参加/集合知の活用: 多様なバックグラウンドを持つ人々がワークショップに参加することで、事業計画の現実性、地域ニーズとの合致、潜在的なリスクなどが多角的に検討されました。地域の「知恵袋」が持つ実践的なノウハウは、事業の成功確率を高める上で非常に重要な要素となりました。
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地域内連携と資金循環: 地域の金融機関との連携を強化し、事業承継・創業に必要な資金調達に関する情報提供や相談体制を整備しました。また、地域住民が出資できるクラウドファンディングの仕組みを導入し、資金面だけでなく、地域からの応援を得ることで後継者のモチベーション向上にも繋げました。
- 集合知の活用: 地域住民の出資意向や、どのような事業を応援したいかといったニーズがクラウドファンディングを通じて可視化され、事業計画のブラッシュアップに活かされました。
成果と効果
このプログラムを通じて、以下のような成果と効果が得られました。
- 事業承継件数の増加: プログラム開始から5年間で、当初の目標を上回る〇件の事業承継が実現しました。これは、プログラム開始前の同期間における承継件数と比較して〇倍の増加でした。
- 新規事業の創出: 事業承継だけでなく、地域資源を活用した新規事業の創業も〇件生まれました。これらの多くは、後継者候補が見つからなかった事業の技術やノウハウを応用したり、地域の遊休資産を活用したりするものでした。
- 地域外からの人材流入と定着: 事業承継や新規創業を機に、〇名の地域外からの移住者が生まれました。彼らは新たな視点や活力を地域にもたらしました。
- 技術・ノウハウの継承: 廃業の危機にあった伝統技術や地域特有のノウハウが、若い世代に継承され、その価値が再認識されました。
- 地域コミュニティの活性化: プログラムに関わる多様な立場の人々(高齢の事業主、若い後継者、地域住民、専門家など)が交流する機会が増え、世代間・異業種間の連携が生まれました。共通の目標に取り組むことで、地域に一体感が醸成されました。
- 経済効果: 承継・創業された事業による雇用維持・創出、地域内での取引増加、新たなサービスの提供などにより、地域経済にポジティブな影響が生まれました。
成功要因と工夫
この事例が成功に至った要因として、以下の点が挙げられます。
- 明確な危機意識と共通目標: 地域の事業承継問題が「地域全体の課題」として広く認識され、その解決に向けた強い危機意識と「地域経済を持続させる」という共通目標が住民間で共有されていたこと。
- 多様な主体の積極的な関与: 行政、商工会、金融機関といった既存の支援機関に加え、地域住民、特に豊富な経験を持つ「知恵袋」人材がプログラム設計・実行の主体として積極的に関与したこと。
- 「集合知」を引き出す仕組み: ワークショップ、個別相談、伴走支援チームなど、多様な立場の人々が自由に意見や知識を交換し、それが具体的な行動や計画に結びつく仕組みが効果的に機能したこと。特に、引退した事業主の経験知と若者の新しい視点、専門家の知識が有機的に結合されたこと。
- アナログとデジタルの組み合わせ: 対面での丁寧な対話やワークショップといったアナログな手法で信頼関係を構築しつつ、オンラインプラットフォームで情報共有やマッチングを効率化するなど、両者を適切に組み合わせたこと。
- 信頼できるファシリテーターの存在: 中立的な立場で、参加者間の対話を促進し、多様な意見を尊重しつつ議論をまとめ上げるファシリテーター(地域外の専門家や経験豊富な地域住民)の存在が重要でした。
- 行政の強力なサポート: 補助金制度の整備、ワンストップ窓口の設置、関係機関との連携調整など、行政が積極的にプログラムを後押ししたことが円滑な運営に繋がりました。
課題と今後の展望
一方で、活動を通じていくつかの課題も明らかになりました。
- 後継者候補の数の限界: 特に特定の業種(例:第一次産業、伝統工芸)においては、興味を持つ若い人材の絶対数が限られているという根本的な課題は依然として存在します。
- 事業の収益性と持続可能性: 承継・創業された事業が、必ずしも高い収益性を約束されているわけではありません。市場環境の変化に対応し、持続可能な経営を確立するための継続的な支援が必要です。
- プログラム運営の担い手: プログラムの中心的な担い手となっている一部の熱意ある住民や職員への負担が大きくなる傾向があり、運営体制を持続可能にするための工夫が必要です。
今後の展望としては、単なる事業承継・育成に留まらず、地域内の多角化や連携による新たな事業創造、例えば、複数の小規模事業者が連携して新しいサービスを提供したり、地域外の企業と連携して販路を拡大したりといった展開が考えられます。また、「知恵袋」人材のネットワークをさらに強化し、多様な知識や経験が地域内で循環する仕組みを構築することも重要です。
他の地域への示唆
本事例から、他の地域が学ぶべき重要な示唆がいくつか得られます。
- 事業承継・後継者育成を地域全体の課題として捉える視点: 個別の事業者の問題としてだけでなく、地域経済やコミュニティの存続に関わる問題として捉え、行政、商工会、金融機関だけでなく、住民全体を巻き込む体制を構築することの重要性。
- 地域に眠る「集合知」の活用: 地域の経験豊かな高齢者や多様なスキルを持つ住民の中に、事業承継や経営に関する貴重な知恵やノウハウが眠っています。これらを発掘し、形式知化・共有する仕組みを作ることで、専門家だけでは提供できない実践的な支援が可能となります。
- 信頼構築と対話の場の創出: 事業承継は非常にデリケートな問題であり、当事者間の信頼関係構築が不可欠です。多様な人々が安心して話し合える場(ワークショップ、交流会など)を継続的に設けることが、集合知を引き出し、建設的な関係性を築く上で極めて有効です。
- 多様なステークホルダー間の連携プラットフォーム: 行政、支援機関、事業者、住民、移住希望者、専門家など、多岐にわたる関係者が情報を共有し、協力するための横断的なプラットフォーム(オンライン・オフライン問わず)を整備することが、スムーズなプロセス進行に貢献します。
- 「人」を介した丁寧な伴走支援: マッチング後の事業計画策定や実行段階では、専門知識と地域の実情に詳しい「知恵袋」を組み合わせた伴走支援が、後継者の不安を軽減し、成功確率を高める上で非常に効果的です。
地域における事業承継・後継者育成は、単なる経済活動の継承だけでなく、地域の文化や絆、そして未来そのものを次世代に繋ぐ営みです。住民の集合知を最大限に引き出し、多様な主体が連携する包括的なアプローチは、この困難な課題を克服し、持続可能な地域経済・社会を構築するための有力な手段となり得ると言えるでしょう。