住民の集合知が創出する地域内ワークプレイス多様化:新たな雇用・働きがいを生むプロセス分析
事例概要
本記事では、地域住民の多様なスキル、経験、ニーズ、そして地域に潜在する遊休資源などを「集合知」として捉え、これらを効果的に組み合わせることで地域内での新たな雇用や多様な働きがいを生み出すことに成功した事例をご紹介します。これは、特定地域における約3年間にわたる取り組みであり、地域内に複数の小規模ながらも多様な働き方の場(ワークプレイス)を創出し、地域経済の活性化と住民のQOL向上に寄与したものです。
背景と課題
対象となった地域は、典型的な地方都市の郊外地域であり、主要産業の衰退、若年層の都市部への流出、高齢化の進行といった課題に直面していました。これにより、地域内には空き家や遊休施設が増加し、地域住民の持つ多様なスキルや経験(例:かつての専門職経験、趣味で培った技術、地域文化に関する知識など)が地域内で活かされる機会が減少していました。同時に、子育て中の女性や高齢者など、フルタイムでの勤務が困難な層や、地域内で「ちょっとした」仕事を必要とする層のニーズも満たされていませんでした。こうした状況は、地域住民の働きがいや社会参加の機会を奪い、地域全体の活力を低下させていました。
活動内容とプロセス
この課題に対し、地域住民、NPO、行政、地元企業などが連携し、「地域内ワークプレイス多様化プロジェクト」が立ち上げられました。活動の中核に置かれたのは、以下の「住民参加」と「集合知の活用」を促進するプロセスです。
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「地域内スキル・ニーズ・資源」の掘り起こしと可視化:
- 住民参加: 地域住民を対象とした「私の得意なこと・やりたいこと」ワークショップや個別ヒアリングを実施しました。単なるアンケートではなく、対話を通じて、住民自身も気づいていない潜在的なスキルや「こんな働き方があったらいいな」といったニーズを丁寧に引き出しました。高齢者の豊富な経験、子育て世代の多様な時間制約とスキル、UIターン者の持つ外部ネットワークなど、多様な層からの情報収集に注力しました。
- 集合知の活用: 集められた情報は、個人情報に配慮しつつ、地域資源マップやスキルのデータベースとして整理・共有されました。これはオンラインプラットフォームと、地域内の交流拠点に設置された物理的な掲示物や冊子として整備されました。この可視化により、「〇〇さんのこんなスキル、うちの活動で活かせそう」「この空きスペース、誰か使いたい人がいるかも」といった、異なる情報間の偶発的なマッチングを促しました。
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「アイデアソン」と「ワークショップ」によるアイデア創出:
- 住民参加: 収集されたスキル、ニーズ、資源情報を基に、多様な背景を持つ住民が集まるアイデアソンやワークショップを複数回開催しました。地域内の課題解決と、それをビジネスや活動に結びつける視点から、自由な発想でアイデアを出し合いました。例:「空き家を活用した高齢者向けデリバリーサービス」「地元の特産品を使ったオリジナル商品開発・販売」「子育て世代向けのスキルシェアリング」「地域の歴史を語り継ぐ語り部サービス」など。
- 集合知の活用: これらの場では、異分野の参加者(例:元会社員、専業主婦、農家、地域活動家)がそれぞれの知識や経験を持ち寄り、アイデアを発展させました。ファシリテーターは、参加者の発言を丁寧に繋ぎ合わせ、複数のアイデアを組み合わせたり、異なる視点から実現可能性を探ったりする手助けを行いました。オンライン会議ツールも併用し、時間や場所の制約がある住民も参加できるよう工夫しました。
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アイデアの具体化と試行:
- 住民参加: ワークショップで生まれたアイデアの中から、実現可能性や地域への貢献度、住民の関心が高いものを複数選定しました。選定プロセスにも住民代表が関与しました。選ばれたアイデアのチームに、事業計画の策定ワークショップや、専門家(中小企業診断士、デザイナー、IT専門家など)によるメンタリングを提供しました。
- 集合知の活用: メンタリングの過程では、チームメンバー自身の知識や経験に加え、メンターや他のチームメンバーからのアドバイス、先に掘り起こされた地域内のスキル情報(例:「経理に詳しい人がいる」「ウェブサイト制作ができる人がいる」)を活用しました。小さな規模でのテストマーケティングや、地域クラウドファンディングを活用した資金集めも行い、住民のフィードバックを収集しながら改善を進めました。
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「ワークプレイス」の創出と運用:
- 具体化されたアイデアに基づき、空き家を改修したシェアキッチン&カフェ、古民家を活用したコワーキングスペース&体験教室、遊休農地を活用した共同農園&直売所など、複数の「地域内ワークプレイス」が誕生しました。これらは、単なる働く場としてだけでなく、地域住民がスキルを活かし、交流し、学び合う複合的な拠点となりました。運営の一部は、プロジェクトに参加した住民自身が担いました。
成果と効果
約3年の活動により、以下の成果が見られました。
- 多様な働き方の創出: 新たに10カ所の地域内ワークプレイスが誕生し、パートタイム、業務委託、スキルシェア、有償ボランティアなど、多様な形態で約50名の地域住民が新たな働きがいを見出しました。これは、フルタイム雇用の創出数自体は大きくないものの、地域に潜在していた多様な働き方ニーズに応えるものでした。
- 地域経済への波及: 創出されたワークプレイスは、地域住民の消費を喚起したり、外部からの訪問者を受け入れたりすることで、地域内の経済循環に貢献しました。プロジェクト全体で、年間約1,500万円程度の地域内経済効果があったと推計されています。
- 地域資源の有効活用: 10カ所以上の空き家や遊休施設が再生され、地域景観の維持にも貢献しました。また、地域住民の隠れたスキルや知識が地域内で共有され、活用される機会が増加しました。
- 地域コミュニティの活性化: プロジェクトへの参加や、新設されたワークプレイスでの交流を通じて、異なる世代や背景を持つ住民間の新たな繋がりが生まれました。これにより、地域内の互助機能が強化され、住民の地域への愛着や定着意欲が高まりました。
成功要因と工夫
本事例の成功要因として、以下の点が挙げられます。
- 強力かつ柔軟なコーディネーターの存在: 住民、行政、専門家など多様なアクター間の調整役、情報共有の促進、ワークショップのファシリテーションを担う中間支援組織(NPO)が、強いリーダーシップと同時に、住民の自発性を尊重する柔軟な姿勢を持って活動を推進しました。
- 「集合知」を最大限に引き出すための仕組み: 単に意見を集めるだけでなく、対話やワークショップを通じて「知」を組み合わせて新たなアイデアを生み出すプロセスを重視しました。オンラインツールの活用は、参加のハードルを下げ、多様な意見を収集する上で有効でした。また、収集した情報を分かりやすく可視化し、誰もがアクセスできるようにしたことも、集合知活用の基盤となりました。
- 行政・外部専門家との連携: 行政の補助金制度や規制緩和、外部専門家(ビジネス、デザイン、ITなど)による実践的なアドバイス、地元金融機関による事業資金相談など、外部資源を効果的に活用できたことが、アイデアの実現可能性を高めました。
- 「やってみる」を後押しする文化: 最初から完璧な事業計画を目指すのではなく、小さく始めて試行錯誤することを奨励しました。失敗を恐れずに挑戦できる雰囲気づくりや、成功事例を共有し合う文化が醸成されたことで、住民の積極的な参加が促されました。
- 参加者の多様性の重視: 高齢者、子育て世代、UIターン者、障碍者など、地域に暮らす多様な人々が参加しやすい時間や場所、形式を考慮しました。これにより、幅広い視点やスキルが集合知として集約され、多様なニーズに応えるワークプレイス創出に繋がりました。
課題と今後の展望
活動の継続にあたっては、いくつかの課題も明らかになりました。
- 活動の持続可能性: プロジェクトの推進を担う中間支援組織や、各ワークプレイスの運営を担う住民チームの資金面・人員面での負担が大きいことが課題です。行政からの補助金に依存しない自立した事業運営モデルの確立や、新たな担い手の育成が今後の重要課題です。
- 事業のスケールアップと連携: 小規模なワークプレイスは創出できましたが、さらに雇用を拡大したり、地域外からの収益を増やしたりするためには、事業間の連携強化や販路拡大など、より戦略的な取り組みが必要です。
- 新たな働き方への対応: 地域内でのギグワークやフリーランスといった働き方が増える中で、それらを支援する仕組み(契約、保険、スキルアップ支援など)の整備も検討すべき課題です。
今後は、これらの課題に対応しつつ、創出されたワークプレイス間の連携を強化し、地域全体で「働くこと」を多角的に支え合うエコシステムを構築することを目指しています。
他の地域への示唆
本事例から他の地域が学ぶべき点は複数あります。
- 地域内の隠れた「知」の掘り起こし: 住民が持つスキル、経験、関心、そして地域に存在する潜在的な資源(空き家、遊休地、未活用のモノ、情報など)は、地域活性化の重要な源泉です。形式的なアンケートだけでなく、対話型のワークショップや丁寧なヒアリングを通じて、これらの隠れた「知」を掘り起こすプロセスが極めて重要です。
- 多様な「知」を組み合わせる場の設計: 異なる背景を持つ住民同士が自然に交流し、それぞれの「知」を掛け合わせることで新たなアイデアが生まれる場を意図的に設計すること。オンラインとオフラインの場の組み合わせ、異分野の専門家との交流機会の設定などが有効です。
- アイデアの「育て方」と実現支援: 優れたアイデアが生まれても、それを具体的な事業や活動に落とし込み、持続可能な形にするためには、専門的な知見や資金調達、販路開拓などの支援が不可欠です。アイデア創出だけでなく、その後の伴走支援体制を構築することが成功の鍵となります。
- 地域内の「働く」多様性の受容と支援: 伝統的なフルタイム雇用だけでなく、パートタイム、兼業・副業、スキルシェア、地域貢献活動としての働きなど、多様な働き方のニーズが存在することを認識し、それらを地域内で実現・支援する仕組みを構築することが、幅広い層の地域住民の働きがいと社会参加を促します。
- 中間支援組織の役割: 住民、行政、企業などの異なる立場のアクターを繋ぎ、プロジェクト全体を推進する中間支援組織の存在は、住民参加型・集合知活用の取り組みを成功させる上で非常に重要です。その機能強化や人材育成への投資は、地域活性化の基盤整備と言えます。
本事例は、地域内の「人」と「資源」に眠る可能性を「集合知」として引き出し、組み合わせることで、経済的な課題と社会的な課題(働きがい、社会参加)の双方を解決する糸口となることを示唆しています。これは、地域の内発的な力による持続可能な発展を目指す上で、普遍的な知見を提供するものと考えられます。