住民参加型集合知による移住・定住促進:多様な視点を取り入れた受け入れ体制構築プロセスの分析
事例概要
本記事で分析する事例は、人口減少と高齢化が進むある地方都市郊外の集落における、住民参加型の移住・定住促進に向けた取り組みです。この取り組みは、単に行政が情報提供を行うだけでなく、地域住民と移住希望者・新住民双方の経験、知識、ニーズといった「集合知」を積極的に収集・分析し、具体的な受け入れ体制や施策へと結実させた点に特徴があります。活動は〇〇市△△地区を中心に、過去約5年間にわたって展開されました。地域住民が主体となり、多様なステークホルダーとの協働を通じて、移住者にとって魅力的な環境と、既存住民にとって受け入れやすい社会関係資本の構築を目指しました。
背景と課題
事例の対象地域である△△地区は、基幹産業の衰退と若年層の流出により、加速度的な人口減少と高齢化に直面していました。空き家が増加し、地域コミュニティの維持や、公共サービスの提供にも影響が出始めていました。行政や一部の住民の間では、地域存続のために外部からの移住者を受け入れる必要があるという認識は共有されていましたが、具体的な受け入れ体制は不十分であり、移住希望者からは「地域情報が少ない」「既存住民との関係構築が不安」「仕事や住居探しが難しい」といった声が聞かれました。
一方で、地域住民側にも課題がありました。「どんな人に来てほしいのか」「移住者に何を期待するのか」「地域独自のルールや慣習をどう伝えるべきか」といった共通認識が不足しており、移住者受け入れに対する漠然とした不安や、一部には抵抗感すら見られました。地域が持つ潜在的な魅力や、移住者にとって有用な情報(例:地域での非公式な助け合いの慣習、隠れた地域の仕事、利用されていない農地など)が形式知として共有・発信されていないことも、移住が進まない要因の一つでした。つまり、移住促進のためには、外部からの視点と内部からの視点を統合し、地域全体の集合知として活用する仕組みが必要とされていたのです。
活動内容とプロセス
この事例における住民参加と集合知活用のプロセスは、以下の段階を経て展開されました。
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課題共有とビジョン策定のための住民ワークショップ:
- 地域住民(高齢者、子育て世代、農業従事者、商店主、自治会役員など、可能な限り多様な層)を対象とした連続ワークショップを開催しました。
- 地域の現状分析(人口動態、産業、空き家状況など)を共有し、地域が抱える課題を住民自身の言葉でリストアップしました。
- 「どんな地域になりたいか」「どんな人に来てほしいか」といったテーマでグループワークを行い、理想とする地域の姿や移住者に求める要素に関する多様な意見(集合知の収集)を引き出しました。ポストイットや模造紙、時にはオンラインホワイトボードツール(例:Miro, Mural)を活用し、意見を可視化・共有しました。
- ファシリテーターは、特定の意見に偏らず、あらゆる立場からの発言を促し、否定せず受け止める姿勢を徹底しました。これにより、普段は発言しにくい住民や、移住受け入れに懐疑的な住民の意見も引き出すことができました。
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移住希望者・新住民からのニーズ収集と地域知見との照合:
- 地域の空き家バンクや移住相談窓口への問い合わせがあった移住希望者、あるいは過去数年間に移住してきた新住民に対し、個別ヒアリングや座談会形式の交流会を実施しました。
- 「移住を検討する上で困ったこと」「地域に期待すること」「移住してきて良かったこと/困ったこと」「地域にもっとあったらいいもの」といった具体的な質問を通じて、彼らの視点から見た地域の評価、ニーズ、課題に関する情報(外部からの集合知)を収集しました。
- 収集した移住希望者・新住民のニーズを、先の住民ワークショップで収集した地域住民の意見や地域の現状に関する知見と照合・分析しました。例えば、「移住者は仕事情報を求めている」というニーズに対し、地域住民からは「人手不足で困っている事業所がある」「隠れた地域内ビジネスがある」といった情報(地域の暗黙知)が集まり、これらを結びつける検討を行いました。
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オンラインプラットフォームの活用:
- 地域の専用ウェブサイトに加え、移住・定住に関心を持つ人々や地域住民が参加できる非公開のSNSグループ(Facebookグループなど)を開設しました。
- ウェブサイトでは、空き家情報、仕事情報、地域のイベント情報、行政情報といった形式知に加え、地域住民によるブログ形式での生活情報や、地域文化・慣習に関する解説など、地域住民の日常的な知見(集合知の一部)を発信しました。
- SNSグループでは、移住希望者からの素朴な質問に対し、地域住民がリアルタイムで回答したり、地域住民同士で移住者受け入れに関する意見交換を行ったりする場として活用しました。これにより、公式な情報だけでは得られない生きた情報や、地域住民の率直な意見が集まりました。管理者は、誹謗中傷を防ぎつつ、自由な意見交換を促進する役割を担いました。
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施策アイデア創出とプロジェクト化:
- ワークショップ、ヒアリング、オンラインプラットフォームを通じて収集・分析された多様な意見やニーズ(集合知)を基に、「移住者向けお試し住宅整備」「空き家改修サポート制度」「地域内での仕事創出・マッチング」「多世代交流イベント企画」「移住者と地域住民の交流促進イベント」など、具体的な移住促進・受け入れ施策のアイデア出しを再び住民参加型で行いました。
- アイデアの優先順位付けは、実現可能性、地域への効果、住民の関心度などを基準に、参加者投票やグループ討議を通じて合意形成を図りました。
- prioritised されたアイデアは、それぞれプロジェクトチームとして組織化されました。各チームには、アイデアの発案者や関心のある地域住民に加え、移住者や新住民の参加も積極的に促しました。例えば、「空き家改修サポート」チームには、地元の工務店、移住してきた建築関係者、DIYが得意な住民などが参加しました。
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プロジェクト実行と継続的な改善:
- 各プロジェクトチームは、企画・実行・評価のサイクルを回しました。行政は必要な情報提供や手続き支援、一部の財政的支援を行いましたが、基本的には住民が主体となってプロジェクトを推進しました。
- 定期的な全体会議や報告会を開催し、各プロジェクトの進捗状況や課題、成功事例を地域全体で共有しました。ここでも、参加者からのフィードバックや新たなアイデア(集合知の継続的な活用)を収集し、施策の改善や新たな課題への対応に繋げました。
このように、この事例では、一方的な情報提供や行政主導の施策ではなく、地域住民と移住希望者・新住民双方の経験、知識、視点といった「集合知」を、ワークショップ、ヒアリング、オンラインプラットフォームといった多様な手法で収集・分析し、具体的な施策の企画・実行・改善プロセスに継続的に活かしたことが、活動の核となっています。特に、地域の暗黙知である生活情報や人間関係、そして外部からの客観的な視点やニーズを組み合わせることで、より実効性の高い移住・定住促進策を生み出しました。
成果と効果
この住民参加型集合知を活用した取り組みの結果、以下のような成果が見られました。
- 移住者数の増加と定着率向上: 活動開始から5年間で、地区への年間移住者数が活動開始前の平均2組から平均7組へと増加しました(定量的成果)。また、移住後の定着率も、明確な統計はありませんが、地域活動への参加率の高さや、地域住民との良好な関係性から、従来の同規模集落の事例と比較して高い水準を維持していると推測されます。
- 多様な受け入れ施策の実現: 住民の集合知から生まれた具体的な施策(お試し住宅、空き家バンク機能強化、地域仕事マッチング支援など)が複数実現し、移住希望者にとって具体的な選択肢が増えました。
- 地域情報の発信力強化: 住民自身が発信するウェブサイトやSNSグループにより、地域の魅力や生活情報が、移住希望者が求める「生きた情報」として伝わるようになりました。ウェブサイトのアクセス数は〇〇%増加し、SNSグループの参加者数は△△名に達しました(定量的成果)。
- 地域コミュニティの活性化: 移住者と既存住民が共に企画・運営するイベント(例:地域のお祭りへの共同出店、空き家改修ワークショップ、多文化交流会など)が増加し、地域内の交流が活発化しました。これにより、既存住民の地域への関心や誇りも向上しました。
- 新たな地域内の仕事・活動の創出: 移住者の持つスキルや知識と、地域のニーズや資源が結びつき、例えば、移住者が古民家を活用したカフェを開業したり、リモートワークの傍ら地域の農産品販売を手伝ったりするなど、新たな経済・社会活動が生まれました。
当初の課題であった「移住希望者にとっての情報不足や不安」「地域住民の受け入れ体制不十分」といった点は、住民自身の集合知を活用した双方向のコミュニケーションと具体的な仕組みづくりによって、一定程度解消されました。
成功要因と工夫
この事例が成功を収めた要因としては、以下が挙げられます。
- 徹底した住民参加の機会創出: ワークショップ、ヒアリング、オンラインツール、プロジェクトチームなど、多様な形式と頻度で住民が参加できる機会を設けました。これにより、様々な立場や意見を持つ住民がプロセスに関与しやすくなりました。
- 多様な知見の収集・統合: 地域住民のローカルな知識や暗黙知、移住希望者の外部からの客観的な視点やニーズという、異なる種類の「集合知」を意図的に収集し、両者を突き合わせながら分析・活用するプロセスを重視しました。
- 中立的かつ促進的なファシリテーション: ワークショップや会議において、参加者の意見を公平に引き出し、建設的な議論を促すファシリテーターの存在が非常に重要でした。ファシリテーターは、合意形成だけでなく、多様な意見が並存する状態も許容し、それが次のアイデアに繋がるよう働きかけました。
- オンラインツールとオフライン交流の適切な組み合わせ: オンラインツールは情報共有や緩やかな繋がりに有効でしたが、信頼関係の構築や深い議論にはオフラインでの対面交流を重視しました。両者をバランス良く組み合わせることで、幅広い層が参加しやすくなりました。
- 行政の伴走支援: 行政は最初から全てを主導するのではなく、住民からのアイデアや提案に対して、情報提供、専門家紹介、手続き支援、小規模な補助金制度設計などで柔軟にサポートしました。これにより、住民の主体性を尊重しつつ、実現可能性を高めることができました。
- 成功・失敗事例の共有と継続的改善: 実施した施策の成果や課題を定期的に共有し、参加者からのフィードバックを募る仕組みを作ることで、活動が一方的に進むのではなく、集合知による継続的な改善が可能となりました。
課題と今後の展望
一方で、活動における課題も存在します。
- 参加層の偏り: 高齢者の一部や、日中仕事で忙しい現役世代など、特定の層の参加が依然として難しい場合がありました。
- 意見対立の調整: 移住受け入れに対する考え方の違いや、具体的な施策実施における意見の対立を完全に解消することは困難であり、合意形成に時間を要する場合がありました。
- 持続可能性の確保: プロジェクト推進の中心メンバーへの負担が大きくなりやすいことや、行政の担当者変更による影響など、活動の持続可能性を長期的にどう確保していくかが課題です。特に、新たな人材の育成や、住民が主体的に活動資金を確保する仕組みづくりが必要です。
- 地域文化への適応と摩擦: 移住者が地域の慣習や文化に馴染む上での困難や、既存住民との間に生じる小さな摩擦に、きめ細かく対応していく必要があります。
今後の展望としては、移住者が単なる「受け入れられる側」ではなく、地域の活動の担い手としてさらに活躍できる仕組みを強化すること、地域内経済循環への移住者の貢献をさらに高めること、そして、今回の取り組みで培われた住民協働のプロセスを、移住促進以外の地域課題解決にも応用していくことが考えられます。
他の地域への示唆
この事例から、他の地域が移住・定住促進や地域活性化に取り組む上で学ぶべき示唆は複数あります。
第一に、移住・定住促進は、単に行政が情報を提供する「サービス」ではなく、地域住民と移住希望者・新住民が共に地域を創っていく「共創プロセス」として捉えるべきであるということです。地域住民の生活に根差した知恵や経験、そして移住者の外部からの客観的な視点という多様な「集合知」を意図的に収集・活用することが、実効性の高い施策を生み出す鍵となります。
第二に、多様な住民が参加しやすいように、ワークショップ、オンラインプラットフォーム、個別相談など、複数の手法を組み合わせることが重要です。特に、地域の暗黙知を引き出すためには、対話型のワークショップや非公式な交流の場が有効であり、形式知として共有するためにはオンラインツールの活用が有効です。
第三に、ファシリテーターやコーディネーターといった、住民間の対話を促進し、多様な意見を統合・分析する役割を担う人材の育成・確保が不可欠です。彼らは、単なる司会進行役ではなく、集合知を引き出し、建設的なアウトプットに結びつけるための専門的なスキルが求められます。
最後に、行政は、住民の主体的な活動を尊重しつつ、必要な情報提供、手続き支援、財政的支援といった伴走者としての役割に徹し、住民のアイデア実現をサポートする柔軟な姿勢が求められます。この事例は、住民の集合知を核としたボトムアップのアプローチが、地域の持続可能な発展に向けた移住・定住促進において、大きな成果をもたらす可能性を示唆しています。