地域におけるデザイン思考と住民の集合知活用:創造的プロセスが導く商店街活性化事例分析
事例概要
本事例は、地方都市に位置する歴史ある商店街が、デザイン思考の手法を住民参加型のワークショップに取り入れることで、地域の多様な知恵を結集し、創造的なアプローチによって商店街の活性化に繋げた取り組みです。特定のNPO法人と行政、そして地域住民が連携し、約3年間にわたって継続的に実施されました。
背景と課題
当該商店街は、近年の郊外型大型店舗の進出や地域住民の高齢化、若年層の流出といった複合的な要因により、来街者数の減少と空き店舗の増加が深刻な課題となっていました。従来の商店街振興策は、イベントの開催や補助金による店舗改修などが中心でしたが、根本的な賑わいの創出や持続的な魅力向上には繋がりにくい状況でした。また、商店街関係者と地域住民、特に若い世代との間の関わりが希薄化しており、地域全体の課題解決に向けた一体感や新しい視点が不足している状態でした。この状況を打開し、商店街を再び地域の中心として機能させるためには、従来の枠に囚われない斬新なアイデアと、地域住民の主体的な関与が不可欠であると認識されていました。
活動内容とプロセス
この課題に対し、NPO法人と行政は、地域住民の潜在的な知識や創造性を引き出し、具体的な解決策に繋げるための手法として「デザイン思考」に着目しました。デザイン思考は、人間の視点に立ち、共感、問題定義、アイデア創出、プロトタイプ作成、テストという5つのステップを通じて、革新的なソリューションを生み出すフレームワークです。このフレームワークを、商店街関係者、地域住民、行政職員、そして外部から招聘したデザイナーやアーティストが参加する「地域共創デザインワークショップ」として実施しました。
住民参加と集合知の活用:
ワークショップでは、多様なバックグラウンドを持つ参加者を意図的に組み合わせたグループ編成を行いました。例えば、長年商店街で商売を営む店主、近隣に住む子育て世代の主婦、地元高校生、商店街の歴史に詳しい高齢者、行政の担当者、そしてデザインの専門家などが共に議論する場を設定しました。
- 共感(Empathize): 参加者全員で商店街を歩き、利用者の声を聞き、日々の課題や潜在的なニーズを観察することから始めました。また、参加者自身の商店街に対する想いや記憶、期待などを共有するセッションを設け、多角的な視点から商店街の現状を「体感」しました。このプロセスでは、普段交わることのない住民同士が互いの視点や経験に触れ、共感を深めることが重視されました。
- 問題定義(Define): 共感のプロセスで収集した情報に基づき、「商店街の真の課題は何か?」「私たちが解決すべき核心的な問題は何か?」をグループで議論し、具体的な問題提起を行いました。例えば、「若者が商店街に来ない」という表層的な問題ではなく、「若者が商店街で求める『体験』や『価値』が提供されていない」といった、より本質的な課題へと掘り下げました。ここでは、ファシリテーターが議論を整理し、参加者の意見が偏らないよう配慮しました。
- アイデア創出(Ideate): 定義された問題に対し、ブレインストーミングやワールドカフェ方式を用いて、自由な発想で解決策となるアイデアを多数生み出しました。「こんなお店があったらいい」「こんなイベントなら参加したい」「この空き店舗をこんな風に使いたい」といった、住民ならではの視点や、デザイナー・アーティストの創造的な視点が融合したアイデアが多数提案されました。オンライン上の共有ホワイトボードツールも活用し、場所や時間にとらわれずにアイデアを追加・共有できる仕組みも取り入れました。
- プロトタイプ作成(Prototype): 数あるアイデアの中から、実現可能性やインパクトを考慮して、いくつかのアイデアを選定。選定されたアイデアを具体化するための「プロトタイプ」(試作品や簡単なモデル)を作成しました。例えば、空き店舗活用アイデアの場合は、間取り図に機能配置を書き込んだり、イベントアイデアの場合は、タイムスケジュールや内容をまとめたチラシイメージを作成したりしました。これは、アイデアをより具体的にイメージし、検証可能な形にするためです。
- テスト(Test): 作成したプロトタイプを実際の商店街の空間で提示したり、他の住民や商店街利用者に説明したりして、フィードバックを収集しました。例えば、作成した間取り図を空き店舗に貼り出し、通りがかりの人に意見を聞くといった形です。このフィードバックを基に、アイデアを改善したり、新たな方向性を模索したりしました。
これらのステップを複数回繰り返すことで、アイデアの質を高め、地域の実情に即した具体的なプロジェクト計画へと昇華させていきました。特に、異なる世代や立場の住民の「経験知」や「生活知」が、デザイナーやアーティストの「専門知」と組み合わさることで、机上の空論ではない、地域に根差した創造的なアイデアが生まれるプロセスが特徴的でした。
成果と効果
この一連の活動を通じて、以下のような成果と効果が得られました。
- 具体的なプロジェクトの実現: ワークショップから生まれたアイデアのうち、実現可能性の高いものが実際のプロジェクトとして始動しました。例えば、空き店舗を改修した「コミュニティスペース兼チャレンジショップ」、地域住民とアーティストが共同制作した「商店街シャッターアートプロジェクト」、地元高校生が企画・運営する「若者向けマルシェ」などです。
- 地域住民の主体性向上: ワークショップに参加した住民は、単なる受益者ではなく、課題発見から解決策の考案、実現に至るプロセスに関わることで、商店街や地域への当事者意識が高まりました。ワークショップ終了後も、自主的にプロジェクトを進める住民グループが複数誕生しました。
- 多様な世代・層の交流促進: ワークショップ自体が、普段接点のない商店街店主と若者、高齢者と子育て世代などがフラットな立場で交流する場となりました。これにより、地域内の人間関係が豊かになり、世代間の理解や協力が深まりました。
- 来街者数の増加(定性的評価): 具体的な定量データは限定的ですが、ワークショップから生まれたプロジェクト(特にコミュニティスペースやマルシェ)には、これまで商店街に来なかった層(若い世代、子育て世代など)の来訪が見られるようになりました。また、メディアへの露出も増え、商店街への注目度が高まりました。
- 行政・外部機関との連携強化: 行政は住民の声を政策に反映させる機会を得、NPO法人や外部専門家は地域貢献の場を得ました。三者の連携が強化され、持続的な地域活性化に向けた体制が構築されました。
成功要因と工夫
本事例が成功した要因としては、以下の点が挙げられます。
- デザイン思考というフレームワークの活用: 抽象的な課題を具体的な解決策に落とし込み、創造的なアイデアを生み出すプロセスが明確であったことが、参加者にとって取り組みやすく、かつ多様な意見を整理し、形にする助けとなりました。
- 多様な参加者の意図的な巻き込み: 商店街関係者だけでなく、一般住民、学生、行政、外部専門家など、意図的に多様な視点を持つ人々を参加させたことが、集合知の質を高め、多角的なアイデア創出に繋がりました。特に、外部のデザイナーやアーティストが創造的な視点やファシリテーションスキルを提供したことが大きいです。
- ファシリテーションの質: NPO法人や外部専門家による、参加者全員が安心して意見を言える雰囲気づくり、議論の活性化、アイデアの構造化といった丁寧なファシリテーションが、集合知を効果的に引き出す上で不可欠でした。
- 「小さな成功」の積み重ね: ワークショップで生まれたアイデアを、すぐにプロトタイプとして形にしたり、実験的に実施したりすることで、参加者は成果を実感しやすく、モチベーションを維持することができました。これが次の活動への意欲に繋がりました。
- 行政の柔軟なサポート: 行政がワークショップの開催場所提供や、生まれたアイデアの実現に向けた相談窓口設置など、柔軟なサポートを行ったことも、住民の主体的な活動を後押ししました。
課題と今後の展望
一方で、活動を通じていくつかの課題も認識されました。
- 参加者の継続性: 一部の熱心な参加者に活動が偏りがちであり、より多くの住民を継続的に巻き込んでいくための仕組みづくりが課題です。
- 成果の定量的評価: 生まれたアイデアやプロジェクトの成果を、来街者数や売上などの具体的なデータで測ることが難しく、活動のインパクトを行政や外部に示す上での課題となります。
- 資金調達の安定化: プロジェクトの持続には安定的な資金が必要ですが、現状は助成金や行政委託に依存している部分があり、自立的な資金源確保が今後の展望における重要課題です。
今後は、ワークショップで生まれた自主的な住民グループ間の連携を強化し、活動の担い手を育成すること、そして地域全体で成果を共有し、新たな参加者を呼び込む広報戦略を展開することなどが展望として挙げられます。また、活動によって生まれたコミュニティスペースなどを活用し、継続的な対話と共創の場を提供し続けることが、持続的な地域活性化に繋がると考えられます。
他の地域への示唆
本事例からは、地域活性化における住民参加型集合知の活用に関して、以下の重要な示唆が得られます。
- 創造的な手法の導入: デザイン思考のような創造的なフレームワークは、従来の課題解決アプローチでは見えにくかった地域の潜在的な可能性や、住民の斬新なアイデアを引き出す上で非常に有効です。特に、アートやデザインといった異分野の専門家を巻き込むことは、固定観念を打ち破り、新しい視点をもたらします。
- 多様なステークホルダーの包摂: 世代、職業、立場を超えた多様な住民が参加できる機会と、彼らが安心して意見を述べ、貢献できる場を設計することが、質の高い集合知を引き出す鍵です。特に、普段声が届きにくい若い世代や外部からの視点を取り入れることが重要です。
- プロセス重視のアプローチ: 短期的な成果だけでなく、住民が主体的に考え、行動するプロセスそのものを重視し、そのプロセスを支援することが、持続的な地域力の向上に繋がります。小さな成功体験を積み重ねる仕組みづくりも重要です。
- 「場」と「ファシリテーション」の重要性: 物理的・心理的に安全で開かれた対話の場を設け、経験豊富なファシリテーターが議論を円滑に進め、多様な意見を統合する役割を担うことが、集合知を有効に機能させる上で不可欠です。
この事例は、特に衰退が進む地域の商店街や、硬直化した地域課題に対し、創造的なアプローチと住民の多様な知恵を結集することで、新たな活路を見出す可能性を示しています。他の地域においても、地域固有の課題や資源に合わせて、デザイン思考や類似の創造的手法を住民参加のプロセスに組み込むことで、内発的な活性化に繋がる集合知を効果的に活用できると考えられます。