住民の集合知で地域フードシステムを構築する:食を通じた持続可能な地域活性化事例分析
事例概要
本事例は、日本のとある中山間地域(仮称:緑豊町)において、地域が抱える「食」に関する複数の課題に対して、住民参加型の集合知を活用することで地域内フードシステムの構築を目指し、持続可能な地域活性化を実現した取り組みです。活動は2018年から開始され、約5年間で、地域住民の食に関する意識変革、新たなコミュニティ形成、そして地域経済の活性化に繋がる具体的な成果を生み出しています。
背景と課題
緑豊町は、少子高齢化と人口減少が深刻な地域であり、それに伴い地域農業の担い手不足、耕作放棄地の増加が進んでいました。また、町内には大型のスーパーマーケットがなく、生鮮食品などの買い物が不便な「食料品アクセス困難地域(いわゆるフードデザート)」の課題も抱えていました。さらに、若い世代を中心に地域固有の食文化や伝統料理が失われつつあり、地産地消率も低い状況でした。これらの課題は複合的に絡み合い、地域経済の停滞と住民の生活の質の低下を招いていました。
活動内容とプロセス:住民参加と集合知の活用
こうした課題に対し、町役場主導ではなく、住民有志が中心となり「緑豊町食の未来を考える会」が発足しました。この会が中心となり、住民参加と集合知の活用による地域フードシステム構築プロジェクトが進められました。
活動の核となったのは、以下のプロセスです。
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課題とニーズの共有・見える化:
- 全住民を対象とした「食に関するアンケート調査」を実施。買い物の不便さ、好きな地域食材、失われつつある食文化、食に関する困りごとなどを広範に収集しました。
- 収集したデータを基に、世代別・地区別の食に関する課題マップを作成し、町内の集会所や公共施設に掲示。住民が自分たちの地域の課題を客観的に把握できるよう工夫しました。
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アイデア創出ワークショップの開催:
- 「私たちの食の未来」と題した多世代参加型ワークショップを複数回開催しました。子どもから高齢者まで、農業関係者、主婦、地域事業者など多様なバックグラウンドを持つ住民が集まりました。
- ワークショップでは、「地域食材を使った思い出料理」「もし地域に〇〇があったら良いのに(食関連施設・サービス)」「未来の食卓を描こう」といったテーマでグループディスカッションを実施。模造紙や付箋、写真カードなどを活用し、参加者それぞれの経験、知識、アイデアを自由に発言・共有できる雰囲気作りを徹底しました。ファシリテーターは専門家ではなく、事前に研修を受けた住民有志が担当し、参加者間の対話を促進しました。
- 特に集合知の活用として効果的だったのは、「地域食材マップ作り」です。各参加者が知っている地元の農産物、加工品、湧き水などの情報を持ち寄り、大きな白地図に書き込んでいきました。これにより、これまで個人的な知識だった情報が可視化・共有され、地域の食資源の全体像が浮かび上がりました。また、「地域伝統料理レシピ持ち寄り会」では、高齢者が若い世代に口頭や実演でレシピを伝え、それを記録・デジタル化する試みが行われました。
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アイデアの集約と具体化:
- ワークショップやアンケートで集まった膨大なアイデアや情報は、事務局(食の未来を考える会メンバー)がカテゴリー別に整理・集約しました。
- 特に実現可能性が高く、多くの住民が賛同したアイデアについては、「実現チーム」を組織しました。例えば、「地元の新鮮な野菜が手軽に買える場所が欲しい」という声からは「地域直売所チーム」、「子どもに地域の食を伝えたい」という声からは「食育教室チーム」などが生まれました。
- 各チームには、アイデアを出した住民だけでなく、その実現に関心を持つ住民が自由に参加。それぞれの知識やスキル(例:農業知識、料理スキル、デザインスキル、事務能力、建築知識など)を持ち寄り、具体的な活動計画を策定しました。行政の担当者や外部の専門家(例:流通コンサルタント、食育アドバイザー)もアドバイザーとして参加し、実現に向けたサポートを行いました。
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実践とフィードバック:
- 具体化された計画に基づき、地域住民自身が主体となって活動を開始しました。例えば、使われなくなった公民館の一部を改修して週に数日開かれる「地域ふれあい直売所」を開設したり、廃校となった小学校を借りて子ども向け食育教室(味噌作り、郷土料理体験など)を開催したりしました。
- 活動の進捗や課題は、定期的な全体会議やオンラインの意見交換ツール(クローズドなSNSグループなど)で共有され、参加者からのフィードバックを得ながら改善を続けました。特に直売所では、利用者の声や販売データを分析し、品揃えや運営時間の改善に活かしました。
成果と効果
本プロジェクトにより、緑豊町には以下のような成果が現れました。
- 地域内経済の活性化: 地域ふれあい直売所は年間〇百万円の売上を記録し、地域農産物の新たな販路となりました。また、規格外野菜を活用した加工品開発ワークショップから生まれた商品が、町内外のイベントで販売されるなど、新たな地域内ビジネス創出の兆しが見られます。これにより、地域内の資金循環が促進されました。
- 食料品アクセス困難の緩和: 直売所や移動販売(希望者による)の開始により、特に高齢者など交通手段を持たない住民が新鮮な地域食材を入手しやすくなりました。
- 食文化の継承と食育の推進: 地域伝統料理レシピ集が〇〇部作成・配布され、電子データとしても公開されました。食育教室には年間〇〇人の子どもたちが参加し、地域の食や農業への関心を高めています。高齢者が講師を務めることで、世代間交流も活発化しました。
- コミュニティの再生・強化: プロジェクトに関わる多様な住民が集まる場が生まれ、新たな人間関係が構築されました。食という共通の関心事を通じて、住民同士の交流が深まり、地域への愛着や誇りが醸成されました。「食の未来を考える会」のメンバーは〇〇人まで増加し、活動は継続的に展開されています。
- 地産地消率の向上と環境負荷低減: 地域内での生産・消費が進むことで、食材輸送にかかるエネルギー消費やフードマイレージの削減に貢献しています。
成功要因と工夫
本事例が成功に至った主な要因は以下の通りです。
- 「食」という普遍的で身近なテーマ設定: 食は全ての住民にとって関心が高く、自分の経験や知識を語りやすいテーマでした。これにより、多様な層の住民がプロジェクトに関心を持ち、参加するハードルが低くなりました。
- 徹底した住民への問いかけと傾聴: アンケートやワークショップを通じて、町が抱える「食」の課題を行政や専門家からの視点だけでなく、住民一人ひとりの生活実感から深く掘り下げました。そして、出てきた声やアイデアを否定せず、丁寧に傾聴・記録しました。
- 集合知を引き出す仕掛けとファシリテーション: ワークショップ形式を採用し、参加者間の自由な対話を促進する環境を作りました。専門的な知識よりも、生活に根差した知恵や経験が重要視され、誰もが発言しやすい雰囲気作りが功を奏しました。住民がファシリテーターを務めたことも、心理的な距離を縮める上で効果的でした。
- アイデアを「自分たちのプロジェクト」として具体化: 集まったアイデアを行政に丸投げするのではなく、住民自身が主体となって実現チームを作り、計画・実行するプロセスを重視しました。これにより、プロジェクトへの当事者意識が高まり、持続的な活動につながりました。
- 行政の適切なサポートと連携: 町役場は、最初から主導権を握るのではなく、住民の自発的な活動を後方から支援するスタンスを取りました。場所の提供、情報提供、専門家との連携調整、必要な許認可に関する助言など、黒子としての役割に徹しました。
- 多様な関係者との連携: JA、地元の企業、NPO、学校など、様々な主体との連携を構築しました。これにより、資金、ノウハウ、人的資源などを多角的に確保することができました。
困難としては、当初、一部の住民からは「行政がやるべきことではないか」「活動が一時的なもので終わるのではないか」といった懐疑的な意見もありました。これに対し、「食の未来を考える会」は、地道な声かけ、活動の丁寧な情報発信(広報誌、回覧板、SNS)、そして小さな成果を粘り強く積み重ねていくことで信頼を得ていきました。
課題と今後の展望
本事例においても、いくつかの課題が残されています。活動の中心を担う住民の負担軽減と後継者育成は喫緊の課題です。また、ボランティアベースの活動から、一部を事業化して収益を得る仕組みを構築し、運営資金の安定化を図る必要があります。さらに、プロジェクトで生まれた活動を持続可能なものとするためには、行政との連携をより制度的なものとし、町の総合計画などに位置付けていくことも重要です。
今後の展望としては、地域内での食関連ビジネスの更なる創出(例:農家レストラン、食品加工施設)、広域連携による販路拡大、食と観光を組み合わせた体験プログラム開発などが考えられます。また、住民の健康増進や高齢者の見守りなど、食以外の地域課題との連携を深めていくことも期待されます。
他の地域への示唆
この緑豊町の事例から、他の地域が学ぶべき点は多岐にわたります。
まず、住民の生活に根差した身近なテーマ(例:食、暮らし、歴史、景観など)から集合知の活用を始めることの有効性が挙げられます。抽象的なまちづくり論よりも、自分事として捉えやすいテーマ設定が、多様な住民の関心を引きつける鍵となります。
次に、集合知を引き出すための丁寧なプロセス設計とファシリテーションの重要性です。アンケート、ワークショップ、オンラインツールなど、様々な手法を組み合わせることで、幅広い意見や知識を収集できます。特に、普段発言しない人の声に耳を傾け、多様な視点を尊重するファシリテーションスキルは不可欠です。
そして、集まった知恵を「自分たちの手で」具体的な活動に落とし込み、実行する仕組み作りです。アイデア出しで終わるのではなく、実現に向けたチーム編成、役割分担、外部リソースの活用など、実行力を高める工夫が必要です。この際、行政は指示するのではなく、住民の自発的な活動を後押しするサポーターとしての役割に徹することが効果的です。
最後に、活動の成果を可視化し、継続的に情報発信することも重要です。小さな成功体験を共有し、参加者のモチベーションを維持するとともに、活動への理解者や賛同者を増やしていくことが、持続可能な取り組みへと繋がります。本事例は、住民の「知りたい」「伝えたい」「やってみたい」という内発的な動機と、それを引き出す仕組み、そして具体的な行動が組み合わさることで、集合知が地域活性化の強力な原動力となることを示唆しています。
関連情報
本事例は、地域内での食料生産、加工、流通、消費を地域内で完結・循環させる「地域内フードシステム」の構築を目指す取り組みとして位置づけることができます。また、住民が主体的に食に関する課題解決に取り組む姿勢は、食に関する市民活動、さらには広義のコミュニティビジネスや社会的企業(ソーシャルビジネス)の創出にも繋がる可能性を示しています。これらの概念や先行研究についても、本事例を深く理解する上で参照する価値があります。